しばらく更新が滞ってしまった。
年末、いや世紀末、鬱状態が昂進していたのである。 お金はいよいよ無いし、体調はいよいよ悪い。気力といったら、袋に穴が開いているかのように抜けていく。将来への不安はいや増すばかり。 この「不安」というのも並大抵のものではない。いや、もちろんもっと厳しい状態に耐えている人はたくさんいるのだろうが、そしてそういう人たちから見れば「甘い!」のだろうが、とりあえず本人としては42年の生涯で初めて味わったとも言えるほどの圧倒的な不安に苦しんだ。冷や汗が出てくる位、身体が反応してしまう不安。心臓がぎゅっとつかまれたようで苦しい。とりつかれて振り切れない。コントロールが効かない。眠れない。いかにも身体に悪そうなストレスである。「こんなことでは身体をますます壊す」と思うと、それがまた不安を増幅する。
不安のあまり気力が萎え、経済問題に実際的に対処すること(仕事を探すなど)が考えられない。悪循環のまっただなかである。 そんなふうな状態で年越しをした。新世紀の幕開け、とて世間では大騒ぎである。カウントダウンのイベントも大盛況のようだ。去年までは私もレストランでのカウントダウンのパーティで、まさにそのカウントダウンをする役をやり、歌っていたのだが。河口湖に近いキャンプ場にあったそのレストランも今年、営業を止めてしまったのである。寂しいなあ。変化は世の常だが、なんだか悪い変化ばかりな気がする・・・・。
私は本来はとても心配症な人間である。取り越し苦労と後悔ばかりで肝心の目の前のことを何も味わっても楽しんでもいないことに気がついて苦笑することがたびたびだ。 天使が護ってくれている、安心しなさい、云々と人に語っても、自分がそれを実践して常に穏やかな心持ちでいることに必ずしも成功しているわけではない。ましてやこのようにどん底(な気分)のときは、「天使? そんなもんやっぱりいないんだよ!」と絶望的にもなる。
しかし。ここで私はかなり必死になって踏みとどまった。今こそ天使を信じなければいけないんだ。天使という概念がロマンチックすぎると感じる人はこの部分を「ポジティブ・シンキング」とかに変えて解釈してもらってもいい。私はかすかに残った気力を総動員して、あらゆることの明るい面を探すようにした。もちろん、そういうふうに簡単に考えられないのが鬱状態というものである。鬱状態の時は「頑張ってはいけない」とも聞いた。それに従って私はあまり「頑張らない」ようにしたのだが、そして頑張らない自分を責めないようにしたのだが、ここだけはある意味で頑張った。全力で「天使にすがった」。その結果…?(続く)