「確信的に願えばものごとは叶う」ということは、私は経験的に信じられると思っている。いや、「確信的に」でなくてもいい。うっすら思ったことですら、忘れた頃に叶っているのである。でも強く願うほど、実現までの日時が短いし、願ったことと結果との因果関係が分かりやすい。
のろけのようになって恐縮だが、恋愛においてまず、かなりポジティブな確信を持ったことが実現した記憶がひとつならずある。私はお世辞にもいわゆる美人とかカワイコちゃんではない。誉めてくれようとする人でも「個性的な」美人、とか思わずそういう但し書き?をつけずにはいられない程度のものである(^_^;)。高校生ぐらいまでは、幼い恋心もすべて玉砕した。中学の時には告白した相手に大声で「ブスだ〜〜」と叫ばれたことすらある(;-_-X;)。
ところが、大学以降、長続きした恋愛に関しては、その始まりの時に私はなにやらやたらと「確信的にポジティブ」だった。相手を振り向かせると信じて疑わなかった。恋だからあたりまえといえばあたりまえだが、体がホカホカしてくるようなバラ色のイメージがおしよせてきた。そのイメージに酔ってしまうくらい確信的だった。
すると不思議なことに、なにやら驚くような偶然が重なって、割に自然と相手と二人きりになったりするような機会が訪れるのである。もちろんそういう機会は逃さない。私はこと恋愛に関しては、相手が何か言ってくれるのを待ったりはせず、バレンタインデーなんぞ関係なく、基本的に自分からアタックしてしまう直情型だ。そして寄り切り押し倒し(?)で勝ちである。
むろん、前述したごとく器量には自信のない私であるし、客観的に見ると状況は必ずしも整ったコンディションとは言い難いので不安が全くなかったわけはない(はじめの時は、私はその相手の友人と公認の仲でつきあっている最中だった。その彼とはきっちり別れてからアタックしたのだが、とうぜん「友達の彼女」だった私に相手ははじめは及び腰だったものだ。それが前の夫である。2回目、現在一緒に住んでいる相手だが、12歳も年下で、当初は「いくらなんでもねえ」と思った)。しかしそういう不安を押しのけてしまうほどに恋心が強く、玉砕なら玉砕でもいい、いっときのことでもいい、と、「打算」の入る余地がないほど恋愛感情が強かったのである。
なにしろ、佳境にあるときのあの微妙なタイミングの合い方ときたら。あと1分早ければ、あるいは遅ければ出会わなかったであろうところで出会ってしまうのである。無理目の夢想が実現してしまうのである。天使はいる、とそのとき確信した!
あの恋愛感情と同じくらい強い感情を仕事とか芸とか、「お金」とかに注げばいいんだよなあ。