瞑想ちょっと進歩?

しつこいようだが、瞑想もどきは続いている。 今朝は相棒が妙に早起きをし、ギターの弾きすぎで腕が痛いので先にお風呂に入っていいかというので、いつものようにお湯を出しながらの瞑想はあきらめ、相棒が入った後少しぬるめにうめたお湯につかりながらやってみた。

最近は「流れるお湯をみつめる」というのはやらなくなり、目をつぶって次々に現れてくるイメージを追う、という方法を試みている。脈絡もなく現れるイメージの具体的な様子を捉えようとしてみるのだ。「椅子」が現れる。背もたれの色はなぜか緑だ。次に野球帽が見える。無地の薄いグレーで、てっぺんにボタンの形のへそがついている。フェルトのような生地・・・・などと、現れては消えるイメージのディティールを追うのである。

そんなわけで、お湯が流れている状態でなくても大丈夫ではないか、と思った。
ところがダメである。すっかり眠ってしまう。

どうやら、お湯が流れる「音」が、現在の私にはちょうどよい瞑想のBGMとなっているようだ。あるいは、だんだんにお湯がたまってくる感じを肌が感じて微妙に刺激になって眠らずにいられるのかもしれない。

しかし今日の「失敗」によって、最近はそれなりに「成功」していたのではないかと思えるようになった。うとうとする感じはあっても、決して眠ってしまわない。今日の眠ってしまった感じとは明らかに違う。 いささかなりとも、あるいは錯覚であっても、進歩した感覚が得られると、物事はさらに続きやすくなる。いいぞいいぞ。いいセン行ってるぞ。