継続は力なり

瞑想はあいかわらず続いてはいる。少なくともこの「続いている」ということはスゴイことだ。継続は力なり、とは真実で、何か思い立って、はじめのほんの小さな一歩が「続いた」ものだけが現在それなりにモノになっている。

現在私は、英語をしゃべれるし、英会話講師として教えてもいるのだが、帰国子女でもないし本格的な留学経験すらない。大学を出て最初に就職した会社では、たまたま英語の電話を受けてしまってパニックになり「ガ、ガイジンだ〜〜、だれかぁ〜〜」と情けなくも叫んだあげくに、転送しようとして電話を切ってしまったぐらい「話せない奴」だった。一念発起したのが26歳ぐらいのときで、まずはラジオの英語会話を聞くことから始めた。これが不思議と続いたのである。そういう根性が人並み以上にあるという人間では、私はない。おっちょこちょいで移り気なので、数え切れないほどのものに手を出したが、続かずに終わったものが死屍累々である。英語にしても、それまでにもラジオ講座を試みたが4月・5月号のテキストだけが毎年残るという、よくあるタイプだった。そのときに限ってそれが「続いた」のはなぜかよく分からないが、とにかく続き、3年間はほとんど欠かさず聞いた。もちろんそれだけで話せるようになったわけではないが、それによって下地ができたとは言える。「ガイジンだぁ〜」のていたらくだった私が次第に話せるようになり、今では教えてすらいるのは我ながら感慨深い。

もうひとつ続いているのは「歌」である。これも思い立ったのは30歳過ぎてからだ。最初は、歌を歌うにはどういう声で歌えばいいのか−−地声?それともクラシックのような裏声? それすら分からず、そのどちらにしても音域も狭いしどうにもならない状態だった。カラオケというものが既にずいぶんと娯楽として浸透していたが、私自身はあまり縁がなく、たまに何かの加減でそういう場があってもどうしていいか分からず、だいたいは逃げ回り、逃げ切れず歌ってみてもお世辞にも上手とは言えなかった。ところが何を思ったか歌い手になってみたいという欲望が突然生まれ、なにはともあれ、と週一回のヴォイストレーニングに通い始めた。それが2年ぐらい、続いたのである。2年たった頃、教えてくれていた先生がその学校を辞めて歌手としてプロデビューするというので、私もその学校に行くのを「もういいや」と辞めたのだが、そのころにはアマチュアであってもバンド活動をしていて、習いに行かなくとも練習などはしなくてはならない状況になっていたし、おかげでまがいなりにもかなりな音域と声量を獲得し、それなりに一目置かれる歌い手にはなれていた。

スポーツクラブは数え切れないほど入ったが・・つまりはどれもこれもすぐ辞めたわけで、やはりスポーツはモノにならないのだった。ダンスもやっぱり私にとっては本質的なものではないようだ。とはいえ、今までの経験から言って、何度挫折しているものであっても、今後何かの加減で「続く」ようにならないとも限らないが。

続いているものは、モノになる。瞑想も、今回はインチキかもしれないが続いているので、次第に新しい展開も出現して、何らかの形でモノになるだろう、と信じている。