天使は助けてくれ続ける

さらに天使の手助けは続く。

 私の目下の問題は経済問題と、それ以上に健康の問題が大きい。私は想像の中で(笑われるかもしれないが)、経済問題担当の天使と健康問題担当の天使をそれぞれ任命し、助けてくれることを信じ、あらかじめ感謝した。

 私の体調の問題は、どうも西洋医学ではたちうちできないような種類のものらしい。厳然として不快な症状はあるのに、いくら検査しても「異常」が見つからない。とはいえ、これはありふれたものであり、ようするにある程度の年数を、たいしてメンテナンスに気を使わぬままに経てくれば、丈夫な機械でも多少のがたはくる、というものである。ようは「バランス」を崩していて、それぞれの臓器などの機能は普通でも、コンビネーションが悪いのである。そういうものは手術や薬では治らない(それどころかヘタをするともっとバランスが崩れる)。しかし放っておけば体のあちこちに妙な負担がかかり、次第に本格的な故障に至りそうである。なによりも、実際につらいので精神的にもよろしくない。

 バランスを整えるといえば、漢方薬や、鍼灸などの東洋医学の得意分野だ。ところが悲しいかな、それらは保険が効かない。漢方や鍼灸でも、西洋医学的な概念での「病気」があきらかになっていれば補助的な療法として保険診療の範囲に入ることもあるらしいが(病院付属の鍼灸治療院などで対応する)、「異常なし」の私にはあてはまらない。

 「異常なし」と診断されても、ワタシ的には異常そのもの、まったくビョーキとしか我ながら思えないので困った。頭痛、微熱、動悸、のどの圧迫感・・・・。どうにかしたいが、どうにもならない。1回5000円ぐらいは軽くかかるそのテの治療をする経済的余裕はない・・・。  いよいよ症状が昂進し、つらくてたまらない私は、やっぱり天使頼みに走った。とはいえ、「なんとかしてくれ〜〜」と情けなげに頼むのではなく、「大丈夫だよね、なんとかしてくれているんだよね、もう」と、高圧的に出るのがコツ?だ。 すると突然、症状が消えた・・・・なんてことはあるはずはないが(いやあるかもしれないが)、天使は実に巧妙な仕掛けをしてくれたのだった。

 友人で、東大を出ていながら紆余曲折の果てに鍼灸師になった人がいる。かつて私自身、「手に職があれば」という多少不純な動機から、鍼灸師になることに興味を持っていたことがあるのだが、というか突然そういう興味が湧いたことがあるのだが、そのときにこれまた突然バッタリどこかの駅で数年ぶりに出会った彼が、今何しているの、と聞いたら「この春から鍼灸師になった」というので、あまりの偶然に驚いたものだった。鍼灸師になるにはミッチリ学校に通って勉強しなければならず、お金もかなりかかるということを彼に聞いて、私自身はあっさりあきらめたのだが、それ以来彼との間で年賀状などのやりとりが始まった。それから5年ぐらいはたつ。  

 その彼の今年の年賀状に、「鍼灸師を養成する教師になるための学校に通い始めた」と近況があった。そして、その学校の研修施設で「患者を募集しているので誰かいたら紹介してください」と書いてあった。それを読んだときは「ふうん」と思っただけだった。彼も別に、最近の私の体調について何かを知っていたわけではない。あとで聞いたときも「年賀状に書くようなことじゃないし、反応はないだろうなと思ったけど、つい書いてみた」と言っていた。

 しかし天使にプレッシャーをかけていた?ときに私は、突然それを思い出したのである。「そうか! 私が患者じゃない!」  さっそく彼に電話をした。用具実費の500円はかかるが、それだけでいいのだという。条件があって、「平日の昼間に定期的に来れる人」、それなら私はクリアだ。電話で私が症状を述べ立てるのを聞いた彼は「立派に患者だし、大丈夫、対象にあてはまります」と言った。 知り合いに診てもらうというのが少々気恥ずかしいが、週1回、通うことにした。「実習の対象」とはいえ、鍼灸師を目指す、のではなくその先生になることを目指す人がやることであり、彼も実際すでに自分で開業もしている立派な鍼灸師だから心配はない。場所的にも遠くないところだし、なんといっても1回500円。いくたびに4500円もうけた気分になる。いや実際、行かねばならないものならば、時間を費やして労働した対価を払ってでも行くわけだから、これは大きい。数回施療をうけ、体調はまだもちろん本復とまでいかないが(もともと東洋医学は効き目がゆるやかなものである)昨年後半のつらさに比べたらなんでもない。かなり楽になっている!

 そして、天使がちゃんと私の願いを聞いてくれて、すばやく対処してくれているようだと、これまた確信できる事態に、私はきわめて気分が良くなった。気分が良くなった、どころかいささか興奮気味でさえある。私は今回、「すぐに効果を見せてほしい、でないと疑っちゃうよ」とイバって頼んでいたのだが、期待以上の明らかな「効果」に驚くばかりだ。

 懐疑主義者、とか、人生をもっとシリアスに考えたい人たちは、きっとこれを「偶然だ」と片づけるだろう。私の中にもそういう気持ちもないではないが、しかし思う、別にこれで損をしたり害を被ることはないのだから、いいじゃない、と。少なくとも楽天的に考えることで気力が満ちてくる方が、 悲観のあまり気力を喪うより数段よい。

 健康問題担当の天使(名前も付けているのだがこっぱずかしいので言わない)に、「おもしろいやり方でやってくれるじゃあないの」と言ったら、ウィンクを返されたような気がした。経済問題担当の天使もやってきて、「僕も協力してるんだよ」と言った・・・気もした。ついでながら、その経済問題担当天使(いわば我が社の『営業部長』である)も業績がよく、もうひとつ、割に景気のいい仕事が舞い込んだ。当面の危機は脱出である。(続く)