甘え上手

 昔ネコを飼っていた。兄弟のオスネコで、「ネギ」と「トロ」という名前を付けた(外で呼ぶとき少し恥ずかしかった)。 兄弟で、そろって牛猫(白と黒の毛皮)で見た目もそっくりだった二匹だが、性格がぜんぜん違っていた。ネギの方はやたらに人なつこく甘ったれで、好奇心旺盛でもあった。呼べば犬ころのように飛んでやってきて、なんの警戒心もなく大喜びでなつき、喉をならしてなでられていた。片やトロのほうはと言えば、臆病で警戒心のかたまりで、なかなか素直に甘えようとしない。 アパートに住んでいて本当はペットは御法度だったのだが、どうにかなるさと飼い始めてしまった。はじめは部屋の外には出さないで飼うつもりだった。そして、犬のように首輪にひもをつけて散歩させようと思った。ところがこれはうまく行かなかった。臆病者のトロはアパートの階段の陰に隠れてガンとして動こうとせず、ネギの方は好奇心に目を輝かせて、隣の家の生け垣をくぐり、別の場所から戻ってきてひもがすっかり生け垣にからまってしまった。二匹分のひもを持った私は、それぞれのひもがまったく違う方向に行ってしまい、真ん中で身動きが取れなくなった(その後、ドアの下部にあった空気孔を利用 して自由に出入りできるようにしてやった。大家さんが近くに住んでいなかったし、わりに寛大な人だったらしく、一度やんわりとくぎを差されただけだった)。

 こう言うとき、どうしても多少の罪悪感を免れないが−−甘ったれのネギの方が可愛かった。あれだけ手放しで甘えてこられては、こちらもとろけてしまう。スネモノのトロの方も平等に可愛がらなければ、と思うのだが、撫でても「フン」という態度をとられると鼻白む。素直すぎるほどに喜んでゴロゴロのどを鳴らすネギの方にやっぱり向かってしまう。友人の一人は「すねもののトロのほうが愛しい」と言ったし、私自身も「主義としては」そう思いたかった。可愛いコに単純にデレデレするなんてプライドが許さない?! しかしいくらそういう目で見ようとしても、無愛想なトロをいつまでもかまっていてもつまらず、果てしなく喉を鳴らし続けるネギのほうをいつまでも撫で、「おーしょーか、しょーか、よちよち」と赤ん坊言葉になってしまう親ばかぶりだった。ネギはいつも笑っているように見えた。

  だがある日ネギは車にはねられて死んでしまった。警戒心のなさが裏目に出たのだろう。それでも、のびのびと楽しく遊び回ったあげくに、一瞬で死んでしまったのはむしろ幸せかもしれないと思った。昔飼っていたネコは、一軒家からマンションに引っ越して、自由に外に出ていたものを一転して閉じこめるかたちになり、ストレスが見るだに痛々しかったものだったから。それでも私はネギの突然の死に、泣きに泣いた。相変わらずトロは無愛想で、比較して思い出してまた泣いた。そのたびにトロにも「ごめんね」と罪悪感を感じ、それもまたつらかった。

  トロは以前から何かというと体調を崩す奴だったが、その後また体調を崩したので獣医に診てもらうと、「ネコエイズにかかっている」と言われた。肝臓の機能を整える薬などをのませながら、それでもトロはしぶとく生き続けた。ますます無愛想になりながら・・・。最後の方はやせほそり、黒かった毛が薄茶色になって見るもわびしい姿だった。そしてある日、死んだ。トロが死んだ日のことはあまり覚えていない。ネギを葬った動物墓地に、ネギと一緒に納骨してもらった。

 トロが死んだとき、ネギが死んだときほどの衝撃がなかったのは、すでに何年も覚悟して過ごしてきたからだ、と思いたいが、やはりそれだけでなく、ネギはとてつもなく可愛かった、けれども・・・・というのがどうしてもあるのだ。もしかしたらトロの方がネコとしては普通の態度?で、ネギが異常だったのかもしれない。以前に飼っていたネコもどちらかといえばトロのような無愛想なたちだった。そもそも犬などにくらべればネコは愛想が余りよくないものと相場が決まっていて、ネコ好きはむしろその故にこそ「ネコは潔い」などとして気に入っているムキもあると思う。甘ったれるのがよけりゃ犬を飼え!と言われてしまいそうである。しかし、あんなふうにすっかり安心しきってこちらに身を委ねてくる柔らかい小さな生き物を、愛さずにはいられまい?!

  いつもいつも、罪悪感のようなものをどこかに抱え、「トロ、ごめん!」と心の中で言いながら、ネギを愛した(トロにしてみれば、別に愛してくれなくてもいいから、そんなふうに比較するな、と言いたかったかもしれない)。そしてトロにはまったく失礼なことながら、「やはり素直に甘え、委ね、心を開く方が愛される」という教訓めいたものまでつい心に浮かんでしまうのだった。

余談:いま、家に居る奴(人間)ときたら、きっとネギが人間に生まれ変わってきた−−ってネギが死んでまだ10年ぐらいしか経っていないが−−んだ、と思えてしまうような素直な甘えっぷりを示してくれるのだった。彼を見ているとつい上記のようなことが頭に浮かんでくるのである。