Kさんへの返事

お返事ありがとう。

> 「自分の成功談ばかりする人間を信じちゃいけないよ。僕が君たちに 授業
> 中自分の失敗を話すのは自戒もある。でも、君たちにこんな失敗して欲しくないか ら
> だ。失敗は失敗として受け留める。でもね、失敗しても、こうやって生きてる人間 もい
> るってことみんなに分かって欲しいんだ。それがちょっと先に生きてる人間のつと めだ
> よ、教師のつとめなんだ。」

いいこという先生ですね。 でも、とある有名な企業の創業者である人は「自分は失敗などしたことがない」と人 に語るそうです。失敗、というのは、そこで嫌になったり自信をなくしてものごとを 止めてしまうから「失敗」になるのであって、その失敗(とみえるもの)を教訓とし て次に活かしていけば、最終的に成功するのであるから、それは「失敗」ではなく成 功への道筋にある「試み」にすぎない、と。こっちの考え方のほうが私としてはより 気に入ります。 人が「失敗」を、先輩の経験談によって知って先手を打って避けてしまうのが必ずし もベストなことではないかもしれませんし。自ら経験してみないと分からないんです よね。Aという失敗を避けたことによってBという失敗に出会うということもあるから ・・。 ノーベル賞をとって今まさに話題の先生も、その先生自身ではありませんが、実験中 に大学院生がミスをして、その「失敗」のためにそれまで思いもかけなかった理論を 発見したそうですよね。普通の研究者ならあり得ない失敗を、経験不足の大学院生が 手伝ったためにしてしまったというのですが、とても示唆的です。

> 若者は(って26なんで若者でいいですか?)人生の成功談なんて待っているん じゃな
> いんです。

でも、本当の意味での成功談のほうがいい。失敗談も、上記の先生のように「それで もこうやって生きている」と言えるのならいいけど、両刃の剣ですね。 失敗談を聞いて妙な方向に安心してしまったり、失敗があたりまえ、どうせ世の中な んて・・と思うよりは、成功談を聞いて人生をポジティブに捉える方が私の好みで す。 (問題は、身近な人の「成功談」には例によって嫉妬を覚えてしまう傾向があったこ とですが、それを意識して治していこうと思っているところなのです。人に起こる成 功、人に訪れる幸運は自分にも訪れる可能性があるのだから喜ぼう、と。難しいです が・・・・(^_^;))

> 私が言いたかったのはつまり、ゆみこさんが「私にもこんな醜いところがある」と いう
> ことをかっこつけづに見せてくれたのが「なるほど」ってカンジなのです。

でも私はこれ以上は言わないつもりです。それは、かっこをつける、ということでは なく、自分自身に言い聞かせるんです、自分を作り直そうと。自己反省もしすぎる と、どうせ私はこうなんだから、という逃げ場になっちゃうから。そういう自分なん だ、と自分を甘やかしちゃうから。 「なりたい」と言う、のではなく「もうそうなっている」と言うことによって自分に 確信を持たせて、自分を変えていく、というテクニックとして、 「私は無駄な嫉妬はしない」と言っておきます。 私を「強い」と思っているとのことですが、私の周りにいる「強い」人たちは私より もっと強いです。それは、自分で自分のことを引き受けているという意味の強さで す。強くあるにはリスクもあります。私はずっとずっと臆病ですが、少しでもそうい う強さに近づきたいと思っています。 だからまた(少しポイントはずれるかもしれませんが)、

今後Kさんが「弱音」 を吐くようなことを言っても、私は叱りはしませんが「その気持ちは分かるわ」とも 言いません(これはコミュニケーションをシャットアウトする意図ではありません が)。傷をなめ合っていてもいいことはないと思うし。 「私はネガティブな方向には自分を行かせたくない」から、もしkさんがネガ ティブな方向に行こうとしていても「そっちの方向には私なら行かない」と言うしか ありません。「人間不信」も私にはどうにもできません。冷たいようですが・・。