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朝日新聞 2001.7.31 神奈川県 男性・17歳・高校生 受験をはっきりと意識するようになってきました。先生方は「自分のやりたいことをみつけろ」といいます。しかし、いまだに僕の周 りに漠然と「みんなが行く から大学へ」という人がかなりいます。そもそも自分のやりたいことが全く見えない人はいないと思います。ただ何となく自分がそのことに本当に関心があるのか確信が持てないんだと思います。大学への執着も強すぎる。専門学校や就職によっても目標は見えると思います。 また、今までに、その探し方を学べなかったというのもあります。日本では自分のしたいことを考え始める時期 に、周りから「勉強しろ」と言われます。もっと学校でも家庭でも大人は子供に将来を見つめるためのチャンスを作るべきではないでしょうか。 もちろん子供も積極的にそれを探すべきだと思います。 TETSUYA (ミユージシャン) 将来何をして、どう生きて いくのか、という問いかけは あなたと同じように十代の私の胸にも芽生えました。しかし俳優の器量があるわけではなし、スポーツ選手の運動神経があるわけでもなし、外務省を目指すようなどん欲さがあったわけでもありません。 おれって、けっこう平凡だったのね。そう思いました。 仕方がないので大学に入りましたが、平凡な者にはそれでも答えが見えてきません。 そこで私は問いかけを変えてみました。何をして、どう生 きていくのかではなく、何を しててもいいから、どんなふうに生きていくのか。つまり職業によって人生の色合いが決まるという考え方を放棄したわけです。それはどういう ものかと言いますと、落ち込んでいる人がいたら一緒に飲 む。目標、効率などのおぞま しい言葉は自分の人生から除外する。日本人以外の友だち もたくさんつくる。金魚やカ メにもとりあえず話し掛ける。なるべく仕事はしない。 といったような感じで、全部で百カ条ぐらいになりまし た。 こういうことを決めると、 意外と気が楽になります。ア メリカの場末のクラブで歌っていても、いいじゃん、おれの人生なんだからと、いい意味で開き直れます。大学名や 職業名でほなく、どんな人間 として日々を送りたいのか。 参考書を片づけて、自分なりの百カ条を作ってみる、なんてどうですか。気持ちいいよ。 |