医師から失明宣告を受けた時,老いた母親は「私の目をひとつあげることはできないのか」と言った。「それは無理」と答えると,沈黙が流れた。数秒後,母親の口からこんな言葉が返ってきた。 「目が見えないということは,だれでも経験できることじゃないよ。貴重な体験として受け止めなさい」

朝日新聞99年10月17日付朝刊35ページ あなたが選ぶ「この人が読みたい」より

難病・ベーチェット病で30歳で失明した父親を「運命を受け入れる大きな人です」と讃える娘さんからのメールを中心にした記事から。

こういう話を聞くと,もう何を語っても,自分の言葉などは軽々しいものだという思いを持ってしまい,ここでこれを紹介しコメントをすることすらもおこがましいと感じるのだが,あえて紹介させていただく。

話題になった「五体不満足」の著者,乙武さんの母上も,四肢を欠いて生まれてきた我が子を初めて見たとき「まあ,可愛い!」と言ったそうである。我が子のそんな姿を見たらどうなってしまうか,と対面させる前,周囲は大変に気を揉んだそうであるが・・・。 果たして,ショックを受けながらも気丈にそういうフリをしたのか,それとも心からそう思ってつい言ったのか,分からない。でも乙武さんが,「五体不満足」という「事実」にもかかわらず不幸ではなかった,というのは,まずここから始まったことだったのだと思う。

 ここに掲げた言葉を発した母上の息子である西田稔さんは,母の言葉通りにその運命を受け入れ,30年余の間,盲学校の教師などとして精力的に活動し続け,来年5月のベーチェット病患者の国際大会では副会長を務めるという。しかし決して順風満帆だったわけでなく,小さな事故が原因で寝付き,その看病疲れのために妻を喪った。その後も命に関わるような手術をすることにもなるが,父を支えるべく,眼科医を志した娘さんが最初に入信し,その後妻とともに自分も入信したキリスト教の教えの真髄そのものを実践し,命が危ないことを告げられても「思い悩んでも仕方がない,運命はすべては神の決めることだから」と穏やかな表情を崩さなかったという。

 そのような稔さん自身,そしてそれを支える娘さんも素晴らしいが,私はやはりお母さんの言葉にも感じ入る。  幸不幸は事実によって決まるのではなく,受け止め方によって決まるのだ,とつくづく思うが,少なくともこの稔さんや,乙武さんがかくのごとき母上をお持ちであったことは,幸福な事実,ではないかと思ってしまう。

 

   すみません、新HPにはまだちょっとしかネタありまへん。ココをクリックして昔のページを見てね。

 

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