司馬遼太郎 「この国のかたち 一」 文春文庫版 118ページ
江戸期の商人,高田屋嘉兵衛は,ロシア船に突然拿捕され,抑留された。北辺で日露間の紛争が続いていたころで,幕府がロシア軍の艦長ゴローニンを抑留し,それを救出しようとした同僚のリコルド少佐がたまたま捕まえたのが嘉兵衛の船だった。 無学だったが浄瑠璃は好きで,つまりは文学的素養はあった。そして持ち前のユーモア精神と,司馬遼太郎の言う「精神の”しん”の頑丈さ」から,そのような事態に於いて,とりみだすのではなく,自分なりに「外交」を展開し日露間の紛争を解決しようと決意したのだという。船乗りとしての操船の技量と,その人間的明るさ,そして誠意によって,かれはかれを捉えた側の人間たちをすっかり魅了し,ロシアの少佐をして,日本を見直させることになった・・・・。
「運命を甘受」するばかりでなく,「運命にのしかかって主人役になる」という表現が印象的である。運命を受け入れる,ということが必ずしも受け身の消極的な「あきらめ」ではないことを示す表現と思う。(いや,「あきらめ」ということば−−もともと仏教用語だが−−自体が,現在一般的に考えられているような消極的な意味ではない,という話もあるがそれはここでは措いておく)
合気道というものが(よくは知らないが),むやみに相手の力に抵抗するのでなく,相手の力を受け入れて利用してしまう武術である,ということも連想される。
また,宇野千代さんが「嫌だな,と思うことがあると,私はたいていそれに向かって飛び込んでいくのです。そうすると嫌なこともあまり嫌だと感じなくなる」と書いていたのも思い出す。 運命を受け入れ,なおかつ自分がその主人公であり続けることはできるのだ。いや,「随所に主となれ」であるから,主人公であり続けねばならない。どんな境遇にあっても(境遇を選ぶのは自分ではないが)自分の人生の主人は自分である,という考えを,むしろしっかり捕まえていなければ,むやみに「運命を受け入れる」ことすらもうかうかとはできない。しかし,自分が主人であり得るということは−−いまの自分にそれだけの器量があるかどうかは自信がないが,いざというときに思い出すこととしては心強いではないか。
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