キラキラ歩いてりゃ    2003.3.8 <コトバの花束>

大きな夢もけっこうだけど,小さな夢をもっと見な。今日は5分早く起きよう,明日は楽屋の机の上をかたづけよう それでいいのよ。 それで満足してキラキラ歩いてりゃ知らぬ間に 大きな夢に近づいてんのよ

月刊Flowers 2003:4月号 「プリンセス・ミッキー」 中村かなこ


マンガからのセリフ。駆け出し女優の主人公が,初日の演技をボロクソにけなしたベテランの先輩女優に対抗心を燃やして,彼女のビデオを必死で研究し,翌日はずっと演技に力が出てきた,とその先輩女優にある程度評価される。そこでその先輩女優が言う言葉である。

実を言えばそのマンガ自体はそれほど面白いとはおもっていない,若干子供向きという気がしている。が,この言葉は・・・まあ,これ自体目新しいとも言えないが・・・なかなかいいと思った。

その後主人公の駆け出し女優はこれをしっかり心に留めた様子。翌日,出番を待つ間に独り言を言っている。
「えーと今日の流れは・・・あーそだ。夜から取材だっけ。じゃあ今日の小さい夢は,”取材でトチんない”だな」

これは実に「実用的だ」と思ったのである。

小さい夢と,中ぐらいの夢と,大きい夢とがある。
山に登るときのように,それらについてバランスよく視点を切り替え切り替えして歩くのだ。

山の頂を見て,「あそこにいくのだ」ワクワクを保つ。方向をいつも確かめる。でもそこばかり見ていると,いつまでたってもそこに到達しないような気がしてきてしまうことがある。

基本的には足元を見て,しっかり歩む。到達する地点ではなく,歩きながら見える景色を楽しもう。とりあえず一歩ずつでも歩んでいれば確実に近づくのである。 (もちろん,休むことだって,もう一度歩き始めるために必要なことだが) とりわけ,山の頂が雲に隠れ,見えなくなっているようなとき,それどころか,自分の回りすらも霧に巻かれて,ほんの少し先すらも見えなくなったなら,とにかく足元だけに意識を集中して一歩一歩歩こう。 でも,それでも不安になってくることもある。なにより,退屈になってくることもある。

そうしたら, 「あの木のところまで行こう」「あそこに休憩所があるからあそこまで行こう」という「中間目標」を立てて歩こう。

ただ私は,人がみな,必ずしも「大きな夢」を持たなくてはいけない,とも思っていない。頂上なんぞ目指さない,ハイキングみたいな山歩きだっていいじゃないか,と思う。 それでも,小さな日々のワクワクに従って楽しく「キラキラ」歩いていれば,いつかきっと,その人が到達すべきところに到達するのだ,とも思う。

今,私の「小さな目標」というのは,とりあえずしばらくの間はこんなふうに(ときにズレこんでズルをしても)曜日別シリーズの書き物を続けていくこと,それから,高血圧を何とかして健康を回復すること,かな。う〜ん,これは「中くらいの目標」かしら。 「小さな〜」は「あしたは」「きょうは」これこれをしよう,というほうがいいかな,それこそ「取材でトチんない」とかいう程度の。