女優 原田美枝子 「朝日家庭便利帳1999.10月号」インタビュー記事より
我が子の誕生と大切な友人の死をわずかな間に体験して,人間を生かす「大きな力」を感じ,自意識の固まりだった自分が変わっていった。そして自分の物差しだけでなくいろいろな視点からものごとを見て柔軟な対抗ができるようになってきて,気がつくと,「仕事をあれこれと選んでいたときよりも良い話が持ち込まれるようになってきた」のだそうである。
たしかに,何であれものごとの真の価値や意味は,その場ですぐには分からないのだ。一見嫌なことでも,もっと大きな喜びのための布石かもしれない。その逆も言えるのだろうが,ここはあえて,すべては「善き意志」に沿っている,と私は思いたい。どうせ人間の知恵ではかれないものなのなら,「きっと善きようにはからってくださるのだ」と,なにか大きな力(それを人はしばしば神と呼ぶ)を信頼しているのが得策なのではなかろうか。じたばたしても事態はめったに,そのじたばたによって解決したりはしないものである。むしろリラックスしているときに,ふと解決策が浮かんだり,普段なら見過ごすようなヒントを拾ったりすることがあるものだ。
「信じるものは救われる」という。しばしば耳にする,ある意味では陳腐でさえあるような,ひじょうにシンプルな言い回しが得てして真実をついていると思うことがこのごろよくある。 信じる,とは,とりあえ自分でいろいろ背負い込むことをやめ,肩の力を抜いてリラックスすることに通じる。煮詰まったり思いこんでいたりする最中にはろくな考えに至らない。抱えているものを手放すと,楽になって,空になって,いい考えが入ってくる余地ができる。だから救われる。
何も四六時中呆けていろとは言わないが,あまり面倒なことを考えてばかりいても仕方がないようである。手に負えない,と思ったらさっさと手放そう。決められなかったら決めるのをやめて,「何か」に決めてもらおう。
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