NT型にとって時間は「インターバル」・・なんのこっちゃ?    
originally written on 2002.6.18                   

詳述はしないが,ちょっとショックなことがあり・・・とあることについて,いままで順調にやっていたことがそのままでは続かない事態になって,いささかめげている。(内容は詮索しないでね)
それについて,わが連れ合いは「ひとつのステージが終わったってことだよ,より高いステージに脱皮せよってことだよ」と言ってくれる。

めげたり悩んだりしているわけであるが,またも,ここでつい「性格類型論」を思い出して妙に冷静に面白がってしまう自分がいる。

カーシー博士の2冊目を原書で読んでいるのだが,4つの気質のそれぞれを1冊目よりさらに詳細に分析して書いている。4つの気質とは「SP=職人」「SJ=守護者」「NF=理想主義者」「NT=理性派」である。
それぞれの気質の「時間」にたいする概念が分析されている。「SP=職人」は「現在」に生きる。「SJ=守護者」は「過去」に重きを置く。「NF=理想主義者」は「未来」を見ている,という。これらはそれぞれかなり納得できたのだが,「NT=理性派」の時間に対するキー概念は「インターバル」と書いてあって「なんのこっちゃ??」と思った。
詳細な解説を見たところ,つまりNT型は時間を一貫した流れの連続したものとは捉えていない,ということだった。出来事は,現在過去未来と続く時間軸の中で起こるのではない。出来事が起こったところに「時間」が存在するようになる。もっと分かりやすく言えば,「出来事が起こっている時間」だけを時間として認識するのである。「現在」を生きるSP型と似ているが,出来事のプロセスにおいては時間の流れはできる。一連の出来事における現在過去未来はあるのである。しかしそれは,出来事ごとに完結してしまう。

まだ詳細を読んでいないまま,「NT型の時間はインターバル」という記述だけが頭に残っていた状態で,そのNT型である連れ合いにそんな話をして,「でもインターバルってなんだろうね」と言ったら,「ようするに時間が連続したものでない,非連続なものとして捉えられるんでしょ」と言った。あとで詳細を読んだとき,まさにそういう言葉で説明されていたので驚いた。さすがNT型の当人である。

そして話は冒頭に結びつくのだが,連れ合いの「ひとつのステージが終わったんだよ」という台詞が,NT型の時間に対する概念の詳細描写にとても当てはまる象徴的な台詞だと思ったのである。誰でも多かれ少なかれそういう考えを持つし,あるいは何かを失ってしまったと嘆く人に対してなぐさめのつもりで,そういう台詞を言うかもしれない。だが,そういわれてみれば,連れ合いは日ごろからそういう考え方であったような気がする。NT型が求めてやまない「向上」にしても,NT型にとっては直線(または曲線)のスロープ状に上がっていくものではなく,ステージからステージへと階段状に上がっていくものなのだ。あるいは,階段状とも簡単には言い切れず,飛び石のように,とりあえずあるひとまとまりが完結し,それが次へどうつながるのか分からない,つながるのかどうかさえ分からないが,そういうことにはほとんど頓着しないらしい。
ある意味ではとても分かりにくい概念なのに,連れ合いにそれを言ってみたらあっさり納得していた。「そう,まさにそういうところがある」。
のちになって,連れ合いと16タイプでは違うもののやはりNT型である女性に同じことを言ってみたら,やっぱりかなりあっさり納得していた。

そんなことを思いついて考えていたら,なんだか自分の悩みを一瞬忘れてしまうぐらい面白がってしまった。

そしてさらにカーシー博士の本を読みすすめていたら,相性に関する記述があり,NFとNTはベストな組み合わせだという。ただし,N型は数が少ないので出会う確率は少ない。1冊目の時点ではS型が75%,N型が25%となっていたが,2冊目を書く時点で博士は,Sが85%,Nは15%と修正している。NFもNTも,それぞれはヒトケタのパーセンテージでしか存在しないのだ。
さらに詳しく,16タイプのそれぞれのベストマッチも言及されている。これは1冊目にも書いてあったのが,私のENFJ教育者タイプ,のベストマッチはINTP建築家タイプ,だとはっきりその組み合わせが掲げられていた。考えてみれば16×16で,196通りの組み合わせがあるはずなのだ。そのうちでことさらに取り上げられる組み合わせというのはすごい。何がすごいって,私と連れ合いはまさにその組み合わせなのである。のろけている・・かな? でものろけるという以前に,私はひたすら興味深くてたまらないのである。以前にも書いたが,離婚した元夫も全く同じだった。196分の1,しかもINTP型は全人口の1%もいるかいないかなのだという。出会う確率は決して高くないはずなのだ。

だが,(これまたノロケに聞こえるかもしれないが)元夫にしても現連れ合いにしても,私はまさに「ひとめぼれ」状態で恋愛した。偶然に出会った瞬間に,少なくとも私のほうは,ほとんど不思議といってもいい確信を持って「突進」してしまった。結果的に,私は,非常に正しく彼らを「見つけた!」のであった。
(それなのにどうして離婚した,というつっこみもありえるが,離婚した諸事情については私の若気の至り,思慮が浅かったことにつきるので,私があの時点でもう少し賢ければ,その後もきっと順調に暮らしていけたはずだと思う。少なくとも性格的に相性が悪いとは全く感じない。また,「すべてのものごとに意味を見出したがる」NF型流に言えば,この離婚にもなにか私の成長なりなんなりにかかわる意味があったのであり,後悔はしていない)

S型が85%と言うが,どうも私の回りにはそんな比率ではなく,たくさんのN型がいる。類は友を呼ぶ,ということであろうか。
そういえば,あたりまえではあるが,高校や中学の同窓生より,大学以降の友人のほうが価値観の合う人が多い。基本的に地域社会からランダムに抽出した人間の集団である中学・高校に比べ,大学以降は「何をやりたいか」「何に興味があるか」ということを自分自身で選んでいるからだ。私は文学部だが,そこですでにNF(もしくはNT)の比率は高いと思う。S型なら,もっと実学系の学問を選ぶことが多いはずだから。
そして,以前にも言ったが,新卒で入った会社はマスコミ関係で,そのときに新人研修のときに始めてこのテスト(MBTI)を受けたが,わが同期の16人の新人写真のうち,10人がENTPだった。人口に1%いるかいないか,じゃなかったのか? えらい比率である。

自分の性格類型が「他の多くと違う」と判定されるのは,しかし,かなり「ヨロコビ」であったりする。そこに自らの存在意義まで感じてしまうのである。

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