カーシー気質とミュージシャンたち      
originally written on 2002.4.29                    

本日もライブだったのだが,ライブ終了後,わが相方の機嫌が悪い。
ワタシ的には本日のライブ,お客さんが少なかったことは寂しいが,内容的には,完璧などとはもちろん言わないが,まあまあ合格点かな,と思い満足していた。
ところがわが相方にとっては,「悪夢」ぐらいに滅入る出来だったようである。
その評価の違いがどこからくるのか。自分の音楽的センスにはいまいち自信のない私は,わが相方が「きょうは良くなかった」と言うたび,「そうか・・」と,自分としてはあまりそう思ってなくても,わが相方の感覚を信頼するのが常だった。
しかし夕べは,私と彼の落差があまりに大きく,それ故に私の方も少し自己主張した。音楽的感覚の鈍さにいつまでもコンプレックスを持つのも良くないことである。私は私なりによかれと思ってやり,私の基準でオッケーなら(むろん,もっともっと向上する余地はあるし向上したいが)とりあえず機嫌良くしていたい。

一時はケンカ腰になりつつも,その違いについて二人でじっくり話し合った。その違いのよってきたる要素は様々ではあるのだが,話は次第に−−例によって自分がハマっているが故にそう誘導してしまうのだが(^_^;)−−「気質の違い」に収斂していった。

NT型のわが相方にとって,至上の価値は「自分の能力が向上すること」である。自分の能力を向上させたいだけでなく,他人もそれを目指して努力することを期待する。かたや,NF型の私にとっての至上の価値は,「人との心の交流」である。もちろんどんな気質の人間も,「完全にそれだけ」のわけはなく,だれでもすべての要素を多かれ少なかれ持っているのだろうが,あえて価値として重きを置く順位を付けるなら,そうなる,ということだ。
テストをしたわけではないので断言できないが,わがバンドのパーカス氏も私と同じNF型ではないかと私は思っている。この性格テストの話をしたとき,パーカス氏は,高校生の時に職業適性テストをやったときは,「政治家か宗教家」だった,と言っていたのである。そのテストがカーシーのものと同じであるかは分からないが,ある程度重なるとすれば,それはおそらくESFJか,INFJかというところである。肝心のSかNかが,どっちともつかない,というところにあるのではないかと思うので,私ほど極端ではないのかもしれないが,NF型である可能性は大きい。少なくとも今までの彼の行動パターンや考え方を見ていると,「人間関係最重視」であると言っていいように思う。
パーカス氏がNF型だと仮定しての話だが,そういうパーカス氏や私にとって,ライブでもやはり「心の交流」こそが最大の関心事で,むしろわが相方のようにリズムやグルーブのことに神経質になる余り,演奏の雰囲気がギスギスしたものになることが嫌でしょうがない。彼がデティールに気を取られ,そのくせ,というかそのゆえに,なのか,曲の順番などがしばしば打ち合わせ通りにならずに間違えることも不快である。全体の「流れ」によってお客さんを乗せ,楽しませることがいのちだと思っているのだ。

パーカス氏はもちろん,私ほど「音楽的に鈍い」ということはなく,グルーブやリズムにも気を使っているし追究しているから,私と一緒にしては失礼かもしれない。しかしとりあえず私に関しては,音楽センスはいまいち,というコンプレックスをあえて乗り越え,ゆうべはそういうことをわが相方に正直に意見したのである。つまり私にとってライブでは何が重要であるか,ということだ。その私の価値観に照らせば夕べのライブはまあまあ合格点だったが,むしろ私にとっての不満は,わが相方がリハの時からどこかイライラした感じを漂わせ(本人はその自覚がないが),例によって曲順などを間違えながらも,それについては自分のせいだという自覚がないことだった。
わが相方の方は,私にとってそれほど重要でない部分でのこだわりの故に夕べのライブは「悪夢」になってしまっていたのである。
こう書くと,なんだかメンバーのかみ合いの悪いバンドみたいであるが,基本的にはそうではなく,(自分たちが関わっている)他のどのバンドよりも互いの信頼というのはあるのだが。時には上手く行かないこともある。

気質の話になったら,しかし,わが相方は深く納得していた。あらためてカーシー博士の本でNT型の描写の部分を読んでやると,「たしかにそういうところすごくある」と改めて大納得。かなり強めのNT型のようである。「向上がなければ意味がない」のである。

そこで話は,関わっている他のミュージシャンや,友人,家族はなんだろうということになっていく。
ミュージシャンI氏やY氏は,SP型ではないか,と推測する。4気質中もっとも「享楽的」な彼らにとっては,最大の価値は「行動」であるという。その場での行動によって,その場で楽しむ。彼らが向上するとしても,それは行動の「結果」であり,目的ではない。一般的に「練習」はあまり好きではないが,練習そのものが「楽しい」ならば喜んでやる。
きっとそうだなあ,とわが相方。I氏とよく一緒に練習するが,1曲をじっくり突き詰めて,という練習の仕方は彼は嫌いである。次から次へと「あの曲もやってみよう」「次はこの曲」。彼にとっては,練習も,自分が楽器を弾いて他の人と合わせるのが楽しいからやっているのだ。それが証拠に,練習が終わると「あー,面白かった」と彼は言う。彼(ら)にとって,ライブもそれと同じだ。お客さんを楽しませようという気持がないとは言わないが,それより先に来るのが「自分が楽しいから」やっているということである。
K氏やN氏はSJ型であると思える。彼らにとってのキーワードは「奉仕」であり,もっと言えば,「それによって自分の存在を認めてもらうこと」である。非常にまめまめしく(かいがいしく,と言ってもいい)バンドにも奉仕するが,その貢献がないがしろにされる(ように感じる)と非常に不快になり,人間関係もそこで終わってしまったりする。ライブは当然,「奉仕型」つまり,極力お客さんにサービスし,リクエストにも応える。ときにはバンドの本来のポリシーを逸脱気味になってもそうしたくなってしまうことがあり,他のタイプのバンドメンバーから不満を抱かれたりする。私自身はこの点ではこのタイプに共感できるが。

わが相方と同じNT型なのは,S氏あたりかと思える。能力至上の完璧主義で,ストイックに自らを向上させようとするが,その分他人に対しても厳しく,ともすれば神経質で近寄りがたい印象がある。ライブでももちろんお客さんを楽しませようとはするが,自分やメンバーの技術が完璧でないと我慢できない。

私や,おそらくパーカス氏もそうかもしれないNF型は,「心の交流」がキーワードなので,場の雰囲気というものには極めて敏感である。一方的に「奉仕」をしたいわけではないが,ミュージシャンと客という立場ならサービスは当然するだろう。雰囲気を作る全体の流れをライブでは最も重視する。

「人間をカタにはめる」というアイデアに思えて,こういう性格分類に抵抗を示す人もいるし,現在の私のように,そればかりでものごとを語ろうとすることを苦々しく思う人もいるだろう。もちろん人間は16タイプ4気質にきれいに分類できるものではない。非常にアナログで,例えて言えば「色」みたいなものだ。「緑系」「青系」「赤系」というおおざっぱな分類があり,もう少し細分化して「黄緑」とか「深緑」とか名前を付けるが,実際は,明度・彩度なども含め,アナログならひとつとして同じ色はない。それでも,やはり「赤系」の色はそう認識される。性格診断もその程度のものではある。

しかし,活用によっては本当に役に立つ。
実際,今回のことでは,少なくとも私とわが相方にとって役に立った。
NT型は「同じ間違いを再び繰り返すことは恥」と書いてあったが「その割には同じ間違いを何度もするよねえ」とからかったら,「いや,それは自分が間違いと認識していないんだよ。自分にとって大事なことじゃない部分だから」と言ったので目からウロコだった。私が言うわが相方の「間違い」は,曲順や曲の構成の間違いなのだが,彼にとってその点での間違いは認識されないほど些細な出来事だったのだ。かたや私にとって(おそらくパーカス氏も。これは性格診断の結果を見て言っているのではなく,日頃の言動から)「全体の流れ・雰囲気」を壊してしまうような,そういう間違いの方が気にさわる。そっちのほうが大事なので,一曲一曲のグルーブの「よれ」はまあ許せなくはないのだ。しかしわが相方にとってはそちらの方が圧倒的に大事。

そういう「違いがある」ということを認識することによって,お互いを理解できた。これまで,お互いに「自分のことは棚に上げて人のことを言う」と思っていたのである。結果としてたしかにそういう現象になっていたのだが,それはお互いが「ずうずうしい」からではなく,気質的な認識構造が違っていたためのことなのだ。Aしか見ていない人にとって,相手がAの部分で間違えれば「間違えてばかり!」と思う。しかし相手はBしか見えていなくて,他方がその部分で間違えるので腹が立つ。
その認識構造そのものは変わらないが,違う構造もある,と知れば,相手が少なくとも図々しさ故に自分の間違いを「棚に上げて」いるのではないと分かるだけでも腹立ちは少なくなる。

お客さんとの関わり方でも,わが相方と私(たち?)では差がある。以前にも問題にしたことがあるが,リクエストをどう扱うか,ということである。
先日のラバンバで,ペルー系のお客さんから「ランバダ」やってくれとリクエストされた。その人は本当に常連で,ほぼ毎回,かかさず私たちのライブに来てくれて大喜びしてくれる人であり,私たちの音楽の内容を知らずに無責任に言っているわけではない。さすがにその時点でさっさとできる支度はなかったが,私は「じゃあ次回までに練習しておきますよ」と言ってしまった。「楽しみにしてます」とその人は言った。
しかしその後すぐに,シマッタと思った。ランバダをやることが嫌なのではない。わが相方が嫌がるだろうな,と思ったからである。私は,ランバダをやることは平気だ。あれだけいつも来てくれる人だから,そのリクエストにはぜひお応えしたい。

しかし案の定,わが相方は嫌がった。ランバダはやらないぞ,とその日の帰りにもダメオシされてしまった。
どうしようかなあ・・と,私は板挟みで憂鬱になった。
しかしその後もときどき,さりげなく「ランバダどうしようかねえ。やっぱりやりたくないよねえ(このへんは迎合のセリフ)。でも彼はあんなにいつも来てくれるから無視するのは悪いよ・・」と何度か言ってはみた。

ところが,パーカス氏もまじえて食事をしている席でまたその話になり,パーカス氏が「いいじゃないの,ランバダぐらい。やってあげようよ。そんな厳格になっても楽しくないよ」と言ったので,わが相方も「そうかなあ,まあ,いいか」と妥協することになったのだった。

やはりパーカス氏は私と似たタイプなのだと思う。
仮にパーカス氏が私と16タイプ分類でも同じだとすれば,わが相方とはベストマッチのひとつである。お互いに持ち味や才能を引き出せる。
このあたりのことについてはまた項を改めて書くとしよう。

 

(後日談:その後,パーカス氏に実際にテストをやってもらったら,案の定NF型だった。それも私とほぼ同じ,INFJ型,作家タイプであった)

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