性格診断の話  
originally written on 2002.3.5~7                            

占い、というのではなく、性格診断というのがご多聞に漏れず、好きである。

星占いや血液型性格診断から、エゴグラムやナントカ言うえらくたくさんの項目に答えさせる心理テストとか、いろいろやってみたが、一番印象に残っているのはカーシー博士とやらの、16種類に性格を分けるテストである。「外向型(E)対内向型(I)」、「感覚型(S)対直感型(N)」、「思考型(T)対感情型(F)」、「認知型(P)対判断型(J)」、という4つの要素の組み合わせで16通りになるというものだ。

これを、20年前、はじめて会社勤めをしたときの最初の研修でやらされた。初めて(かつ最後)の会社は、いちおう「マスコミ」というやつで、テレビ・ラジオの番組やCMを制作するプロダクションだった。5日間の宿泊研修だったのだが、私は入社して意気軒昂、というより、すでに思い切りビビっていた。同期で入社してきた16人(男女8人ずつ)を見ると、いずれ劣らぬ個性派揃い、それにタフそうである(とくに女性が)。さすがはクリエイティブな業界を目指してきた人ばかりだ。私はコネというわけではないが、どうやら社長が私の学歴を買いかぶったようである。それはともあれ、同期の友人たちの、マスコミ業界にかける意気込みを聞いていて、私はすっかり「ここは私の来るところではなかったかもしれない・・・」と萎縮してしまった。

そんなとき、このテストをさせられた。その結果、案の定、というか、私はその同期集団の中でけっこう特殊(?)だった。というより、その集団が特殊というべきだったろう。16人中10人が同じタイプだった。ENTPという型である。「外向・直感・思考・認知」という組み合わせだ。聞けば、その会社では毎年そのテストを新入社員に実施しているが、いつもその組み合わせが圧倒的多数なのだそうだ。たしかにその性格は、マスコミ業界に打ってつけなのである。外界に興味が大で、直感力があり(ものごとの外見でなく、意味や中身に注意が向く)、論理的で、かつ融通が利く。しかし私はそうではなかった。
16人の中で、私はただひとり、ENFJという型だった。とりわけ最後の要素である「認知型(P)対判断型(J)」で、判断型(J)だったのは私だけだった。

「認知型(P)対判断型(J)」というのはどういうことかというと、Aというもの(あるいは現象)があったとき、「ああ、Aなんだなあ」ととりあえずそれを「認知」して受け入れるか、「む、Aというのはどういうことなんだ」と、自分の枠組みに照らして「判断」しようとする、という違いなのだという。私はこれが異常に高かった。おなじタイプに分類される中でも当然「程度」というものがある。私はENFJのなかでもJ突出型だったのである。
この結果に、私は深く深く頷いた。自覚が思い切りある。しかし「J」型であるのが16人のうち、私ひとりだということには驚いた。

「J」タイプは、困ったことに、ようするに「融通が利かない」タイプなのである。状況をありのままにただ「認識」する、だけの「P」タイプが臨機応変に、むしろ状況のほうに自分をあわせていけるのに対して、「J」タイプは、状況のほうが自分に合ってくれないとつらく感じる。もちろん、たいした権力もない人間にとってはそういつもいつも状況が自分に合ってくれるわけはなく、どちらかというとストレスがたまりやすいタイプといえるかもしれない。
分かりやすく言えば、何か予定を立てていたときに、外部の事情でその予定を変えなければならなくなると「J」タイプは非常に抵抗を感じる。「P」タイプは比較的そういうことには強く、あっさり切り替えて予定を柔軟に変更することができる。それどころか、そういう突発的な変化を楽しんだりできるのである。
マスコミの世界は明らかに「P」タイプのほうが向いている。スケジュールの急な変更などあたりまえ中のあたりまえ。スケジュール通りにものごとが動くことの方が奇跡である。おまけに新入社員などの下っ端は自分の都合などを主張できるスキマはこれっぽっちもない。もっともそういうのはマスコミの世界だけではないだろうが。

「ここは私のくるべきところではなかった」とビビった私の感覚が証明されてしまった格好だが、むしろその性格診断の結果を見て私は少し安心した。「希少価値」ってものがあるではないか。同じ性向の持ち主どうしが、同じ様な野望を持って同じところでひしめきあっているのは、基本的に自信のない私にはつらい。でもその集団の中で「ズレ」ていれば、錯覚にせよ存在価値が主張できそうな気がする。そもそも私はずうっとそうやって世の中を渡ってきたのだった。まったく突出したり個性的だったりするわけでもなく、かといって同じ条件で勝負するわけでもなく、ほんの少し「ズレ」て姑息に、スキマを狙って動く。
話は違うが、私はからきし運動が苦手で、とりわけ球技となると我ながら呆れるほどにヘタくそである。学生時代ずっと、体育の時間が苦痛だった。大学の体育の時間にバスケットボールをやるとき、私はボールを触ったり持ったりするのも嫌で(持てば投げるなりドリブルするなりしなければならないし)、みんながわーっとボールを追いかけて走っていくと、その反対方向に全速力で走った。そうしたらあるとき、同じ高校のバスケット部出身のある女の子に「あなたってバスケット上手いねえ」と、皮肉ではなく、本気で誉められたのでびっくり仰天した。
反対方向に走っていくとき、私はいかにも、人のいないところを先回りしてカバーするかのようなフリをしていたのである。本当はもちろん、ひたすら「逃げ回っていた」だけなのであるが。そうしたら、たまたま、チームにいた本当に上手い人が敵のゴール間近で奪ったボールを素早くパスし、もうひとりの「本当に上手い人」がそのパスをこれまた素早く、そのとき味方ゴール付近に避難していた(^_^;)私に回したのである。「うわあああ」とビビりながらも「はいいっ」とか威勢のいい返事だけはした私はそれを奇跡的にも受け取り、さらに奇跡的なことにシュートしてみたら入ってしまった。そんな奇跡はそれ一回きりだったのであるが、それ以外も試合中はやはり私は全速力で人のいない方へいない方へと走っていっては、人のいないところで「はあいっ」と雄叫びだけはあげながら、ボールを待つフリをしていた。それを見たバスケット部の人が思いきり勘違いしてくれたのである。

それは実に象徴的なことだった。私はとにかく、そんなふうに人生を渡ってきたのである。

さて、たったひとりの特殊な(?)性格の持ち主である(笑)私は、その故に、例によって自分の入り込むスキマを見つけた気がして、安心したのである。その会社では、毎年、新入社員のうち1〜2人はデスクワークに配属するという。でもみんな、マスコミの現場がやりたくて入ってくる人ばかりなので、デスクワークに配属された人は落ち込み、会社は「まあ始めの1〜2年だから。あとで現場に行かせるから」となんとかなだめなければならない。でも私は、デスクワークを自ら志願した。時間が自分の思うとおりにならない環境というのは私には耐えられないと思ったからである。
Jタイプは、融通は効かないほうだが、裏を返せば、秩序立てて物事をやることは得意である。ならばそれを活かす方がいい。異なる性格の人々には異なる仕事のやり方があって当然である。

性格テストの結果だけではない。研修では、3つのグループに分かれてなにやら「企画」をたて、それをプレゼンして通すというシュミレーションもやったのだが、そこでも私にはちゃんと「適所」があった。なぜだか私のしゃべり方には妙な説得力がある、とみんなが言うのである。グループの中でもそうだし、プレゼンになったときにはそれが威力を発揮し、我々のグループの企画が通った。そのときプレゼンを受ける役をやってくれた会社のエライさんたちにも私は「説得力」を評価され、「説得力のS」(当時旧姓の私の名字はS--であった)と異名をとった。
他の新人たちのように、バリバリの行動力やタフさや、ものすごい独創性はなくとも、ちゃんと私の居場所はありそうなのだった。

結局私は望み通り、というか、望み以上のポジションにつけてもらった。デスクワークだが、普通の事務というわけではない。このことについて語るとさらに1万字ぐらい(笑)必要なのでここでは詳述しないが、とにかく私は、10時出勤、5時半終了、残業なし、昼休みは適宜、服装は自由(ジーパンでも良かった)、有給も抵抗なく取れる理想的な労働環境で、まさにやりたい放題と言っても良い楽しい仕事をさせてもらい、あまつさえ、「人の嫌がるデスクワークを積極的に志願したエライ新人」という評価までもらって、6年ほど、まさにのびのびと仕事をさせてもらったのである(が、それでも若気の至りで辞めてしまったのだが、その後会社自体も倒産してしまった)。

もっとも、給料はひどかった。マスコミの中でも下請けプロダクションは、現場志望の人たちにとっては「修行の場」であり、安い給料で残業代も休みもなく働きながら、もっと別のところで才能を花開かせる日を狙っているのである。もはやそういう志向はないことが明らかになった私は、実際は、さっさと鞍替えして公務員とか、もっと「マトモ」な仕事を地道にしていたほうが、今頃もっと経済的に安定した暮らしができていたかもしれない。

適材適所、で、自分の個性を活かすことがいかに重要であり、幸せに繋がるか、という話をしたかったのだが、私がその会社で居場所を見つけてしまったことが「幸い」だったのか、実はとんでもない「災い」だったのか、どうも簡単には結論づけられないのだった。

ところでオチがある。私は今、主たる収入源として英会話の教師をやっているが、教師は自分の天職と思えるほど気に入ってもう13年も続けている。この性格診断を初めてした20年前当時知らなかったが、ENFJは「教師」性格だ、と今回これを書くために調べたら書いてあった。

 

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