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概説 〜なぜ「タイプ論」か |
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(このセクションは,私が最近はまっている「カーシー博士の人間関係セルフヘルプ術」という本を元にしています。)(注:残念ながら販売元では絶版になっているみたいです。アマゾンなどでは古本で買えるかも。08/02/11追記) カーシー博士の「性格診断」は,カーシー博士が創案したものではなく,紀元前4世紀のヒポクラテスに始まる人間の「四気質」論から脈々と論じ続けられた流れに乗っている。なぜか,古来から人間の「気質」を分けると「4つ」になるのである。多くの哲学者や心理学者が人間を4つに分類したが,その分類基準は言語的には微妙に異なっているものの,おおざっぱに括れば似た概念とも言える。たとえばここに,ある分類基準によって4つの異なる気質とされる4人がいたとして,その4人が別の学者の説による分類で分類し直しても,やはり4つに分かれてしまうのだ。 人間の「性格」がそれぞれ違うのは「あたりまえ」と思えるかもしれない。しかしそう思っていながら,人は案外,「根本的な部分での違い」が認識できないという気もする。あまりに根本的すぎるからだ。無意識に,その点では人はみな同じ,と思いこんでいる。たとえば,「それは本能的なものでしょう」などと。ユングによれば,「本能の集合体(アーキタイプ=原型)」は人類共通だが,その人を最も強く突き動かす「本能」は人によって「選択」されるということだ。 自分にとっては何が大事なのか・・たとえば,ごく単純に,どういう「ほうび」をもらうと嬉しいのか。物質的なものか,言葉によるねぎらいか。何を評価してもらうと嬉しいのか。能力か,優しさか。何を求めて行動するのか。向上したいから行動するのか,行動が楽しいから行動するのか。自分のことを理解し,さらに他のタイプのことも理解すると,その人とのつきあい方も変わってくる。単純に,たとえばその人を喜ばせたいとき,どうすれば一番喜ばれるのかが分かったほうがいい。またある人がある行動をしたとき,誤解が少なくて済む。この人は私を喜ばせようとしてこうしたのだ,とか,少なくとも悪気があってこうしたわけではない,ということが実感として分かるから。どういう行動をするとこの人には耐え難い苦痛になるのか知ることも,相手を不必要に傷つけない配慮に有効だ。たとえ相手の「型」を知らなくても,自分とは違う「型」の発想の可能性を知っているだけでも,理解の幅は広がる。 というわけで,私はこの「タイプ診断」の有用性を非常に重く考えているのである。
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