新釈:カタカナ語辞典    ア行 最新:2001.9.3 


アイドル
  (1)偶像。崇拝される人や物。 (2)人気者。
 

  小泉今日子はかつて「なんてったってアイドル」と歌い放った。アイドルが「私はアイドル!」と言うんだから大胆だ。しかし映画の助監督を夫に持つ友人があるパーティで個人的に話したキョンキョンは「すごく神経が細くて、どっちかというとひきこもるタイプで女オタクっぽかった」そうで、自分がそういうタイプである友人は「すごく気があっちゃった」そうである。

 さて、「アイドル」は英語ではidolで、辞書にはこうある。
1 偶像; 偶像神, 邪神; 偶像視[崇拝]される人[もの], 崇拝物, アイドル; 《廃》 いかさま師.

  日本で言う「アイドル」も、こう見れば決して間違ってはいるわけではないが、本来の語義にあるややネガティブな部分はすっとんで、かなり脳天気な語感になっているようだ。もちろん、「偶像崇拝」に対する宗教的な抵抗感がピンとこないせいでもあろう。アメリカでも日本と同じように、teen idolsなどとかわいこちゃんタレントを呼ぶこともあるようだが、あまり一般的ではない。HPなどを検索すると、日本やアジアの若い歌手やタレント限定で"idols"と呼んでいたりする(アジア系の女性が好みの欧米人はたくさんいるのだ)。いわば「geisya」みたいな日本語起源の外来語に近い位置づけのように見える。

  それにしても、「中身は問わない、中身はなくていい」ということが「偶像」=「アイドル」ということばが暗に持っている意味の一部でもある。だからもちろん、「アイドルから脱皮して大人の女優を目指します」なんてセリフもしばしば聞かれるのだ。 「神経症気味」のキョンキョンは、そんなことは分かり切っていて、内心かなり皮肉な気分であの歌を歌っていたのだろうか。「どうせ人は私の内面なんて見やしない、そう、私は偶像、外面のことだけでチヤホヤされてるの」 自嘲? あるいは偶像崇拝に走る「民衆」への軽侮?どちらにしてもスゴイ歌かもしれない。

  ところで「アイドル」とカタカナ表記される英語にはもうひとつ「idle」という語がある。もちろん別の語であり、正確な発音は異なるがカタカナだと同じになってしまうのだ。こちらは
1 〈人が〉仕事がない, 暇な; 怠惰な (lazy); 〈機械・工場など〉遊んでいる, 使用されていない. 
2 むだな, 無効な (useless); 根拠のない, くだらない.


  動詞もあり、車などのアイドリング、というのはこれである。しかしよくよく調べてみると、idleのすでに使われなくなった意味として
1 《廃》 《人・物の》 像, 彫像 (statue); 《廃》 似姿, 写し (likeness).2 《廃》 にせもの 
というのも大きな辞書には載っている。「複数の意味を持つ」語もたいがいはそれらの表面上異なる意味全部に通底するものがあるわけで、ここでも当然ながら、「仕事がない、中身がない=無駄な=彫像や似姿」、となり、やはり「アイドル(偶像)」のルーツは「役に立たない」ということなのだ。

アジト  〔agitating pointから〕左翼運動などで、宣伝や扇動をするための、指導本部として使われる秘密の集会所。扇動指令部。また、非合法運動家のかくれが。
アジ・る  (動ラ五)〔アジテーションの略のアジを動詞化した語〕自分の考えに同調して行動するよう過激な言葉でそそのかす。扇動する。 「盛んに―・る」


  とにかくなんでも略し、略したかと思うと勝手に変格活用してしまうのだ日本人てやつぁ。とくにこれらは左翼運動という「グループ活動」の産物だ。グループというものは仲間を他から差別化しないと気が済まないようにできている。仲間にしか分からない隠語というものは、そういう差別化には格好の心理的よりどころだ。なんとはなしの優越感に似た感情が、だから隠語というものにはつきまとう。それゆえに、実はその一味の仲間じゃない人にとってもそれを使うことが「かっこいい」気がしてくるのである。「刑事さん」なんて言うとシロート臭いが、「デカ」と言えばものを知っている風である。ついでに言えばシロートも、「トーシロ」と言うほうがプロっぽい。

  私が学生だったころはもはや左翼の学生運動は、やっているほうが希少価値というくらいだったが、私の周りにはなぜか多かった。連中は「アジビラ」をせっせとガリ版で制作するのであるが、それに使う字の書き方には特殊な伝統があった。原紙のマス目いっぱいにひと文字を書く。「か」や「お」の点が本体?にくいこんでいるのが特徴だった・・なんのことはない、コギャル御用達の丸文字の元祖ではないか。ともかく、この特別な"フォント"は「トロ字」と呼ばれていた。「トロッキスト」御用達の字だったから、と聞いた。アジにしろトロにしろ、かっこいいつもりかもしれないかちょっと聞けば魚屋みたいである。

アナーキー
_anarchy_(名・形動)無政府・無秩序の状態にあること。また、そのさま。「―な主張」
アナーキスト_anarchist_   無政府主義者。

  とあるパーティで、インド人のNGO活動家がカレーを作ってくれていた。司会者が、彼はNGOの活動で・・云々と紹介したら、私と一緒にいた若い男の子が「NGOってなんすか」と私に聞く。
「えーと、日本語なら非政府組織、かな」と答えたら
「ああ、アナーキストっすか」・・・。

ちがうぞコラ。満面に笑みをたたえてパーティでカレーを供するアナーキストってのもずいぶんである。

もひとつ。私の大学時代の同級生は在学中にエロ漫画家としてデビューした。エロトピアという雑誌に載った彼のデビュー作が「アナーキー・ガール」。主人公の女の子は、もともと「あの部分」に「穴」がないという設定で、それゆえに恋人といつも別れるはめになる。自暴自棄になった彼女がある日複数の男にレイプされそうになる。彼女は言い放つ「やれるもんならやってみなさいよ!」 驚く男たち、むなしく高笑いする女。ところが男たちも「アナーキー」な奴らで「穴がないなら開けちまえ」と、ところかまわず突っ込む。そこが漫画な展開だが、その後、彼女は街角で男たちを誘うようになる・・・「何人でもまとめて大丈夫よ」 彼女の体のいたるところにその「穴」ができているのであった。で、「穴アキ・ガール」だと。 ちなみに、彼女の頬や腕にできてしまった「ソレ」を、作者は実に具体的に描いてしまっているのである。「こんなの描いちゃって、いいの?」と聞いたら「あるべき場所にある状態」で描かなければいいんだ、そうだ。そもそも彼の発想のもとはその少し妙な論理への反発だったらしい。

アナクロ その時代の一般的な流れに逆行していること。時代錯誤。
anachronismn. 時代錯誤; 時代錯誤[遅れ]の人[もの].

 デジタル時計に対してアナクロ時計。…と言い間違えたことのある人は挙手せよ。

  しかし実際、このごろ「アナクロ」「時代錯誤」という言葉はあまり聞かないような気がする。 古いもの、古い考え方とされるものが、めぐりめぐってけっこう「ナウく」(←アナクロ語代表)なっていたりするってこともある。うまくすれば、「レトロ」っぽいといってもてはやされたりするかもしれないくらいだ。

  様々なものごとについていろいろな考え方が出尽くして、もはやそれは時系列に並んでいるものではなく、並行して存在する「選択肢」」だったりする。 たとえば、「女は家にいろ」という頑固おやじは、いまやそういう考え方が世の中の一部ではひんしゅくを買うものだということを知ってはいる。それでもおやじはその「信念」をまげない。これはそれなりにひとつの「見識」である。 「新しい歴史教科書」だってそうだ。大東亜共栄圏を肯定するがごときその考え方は、朝日新聞などから見ると、ほとんどの人が「とんでもない」と思っているように書かれているが、この考え方に共感している人は思いの外多いようである。これはもはや、「時代錯誤だよ」では片づけられない。彼らは時代を錯誤しているわけではなく、根本的に見識の錯誤なのだ。
  アナクロ、時代錯誤、といえば、その時代の先端を自認する若者たちが親父の世代に向かって「親父、そりゃアナクロだよ。いまはそんな時代じゃないんだよ」と言う、という図が頭に浮かぶが、この図式はもはや崩壊している。10代20代の若者のほうが保守的だったりするのである。
  価値観の多様化、というのが一種のキーワードである、百花繚乱の現代にあって、もっともアナクロなのは「○○というものは××するものだ」という決めつけ、押しつけの態度であろう。つまり、「それは時代錯誤だ!」と叫ぶことが一番の時代錯誤なのである。 だからといって「なんでもあり」のまま放っておいていいわけではない。上述の教科書のことにしても、そりゃ時代錯誤だ、と言えないから困るのである。「遅れてるぅ〜」のであれば、そのうち「進歩」するだろうと楽観的にもなれるが、そうではなさそうだからだ。

アナログ   物質・システムなどの状態を連続的に変化する物理量によって表現すること。⇔デジタル

analogue, 《米》 -log ] _n. 類似物; 【言】 類同語; 【生】 相似器官; 【化】 類似化合物, 類似体; 類似(合成)食品 《大豆蛋白を用いた肉[乳]類似製品など》. _a. 類似物の; アナログの 《連続量を(連続量として)扱う[表わす]》

. 「アナログ」は「アナロジー」と兄弟語で、「類似」が原意らしい。連続して変化する量、というのは、つまり直前のものと限りなく「似ている」わけだ。アナログ時計の盤面をながめても、9時15分59秒は限りなく9時16分に似ている。でもデジタル表示だと、9:15と9:16は、そりゃ多少似てはいるが、かなり決定的に違ったモノである。表示もその瞬間にきっちりくっきり、いさぎよく一新される。

  私の所属するサンバチームに、30代の男性が入ってきた。大柄で、人の良い優しそうな顔をした青年である。しばらくして、40代とおぼしき別の男性が入ってきた。名字が同じだし、居住地も近いので、先に入ってきた人と兄弟かしらと思ったが、とにかく全然似ていない。それでも「もしかしてGさんのお兄さんですか?」聞いてみたら「え?」とややうろたえ・・「いや、それは言わないことにしてくださいよ」なんてお兄さんはなぜか照れていた。しかしもちろん、別に知られて不都合なわけではなく、彼らは「G兄弟」としてサンバチーム内で親しまれ、活躍するようになった。でもとにかく兄弟が似ていない。ふとみせる笑顔などの表情が少しは似ている気もするが、小柄で少々屈折した表情のお兄さんは性格も割にせっかちでかつマイペース、と、周囲に気を使うおっとりした弟と対照的だった。

 ある日、運送会社を営むその兄弟が、自宅の敷地でみんなでバーベキューをやろうと招待してくれた。そこで私たちははじめて、彼らの間に入る、まんなかのお兄さん(弟)を紹介された。その人を見た瞬間「あ〜〜」一同、深く納得した。中肉中背の真ん中の人は、お兄さんにも弟にもよく似ていた。いわばミッシングリンクであったのだ。コンピュータグラフィックスで、一番上の兄からだんだんに画像を変形させ、一番下の弟の姿に至るとしたら、ちょうど真ん中の画像そのものだった。おそらくは見た目だけではなく、性格についても中間なのだろう、と私たちは勝手に決め、やっぱし自然の世界はデジタルでなくアナログなんだよな、とこじつけとしかいいようのない結論に至ったのであった。

アニメ  アニメーションの略。
アニメーション 動作や形が少しずつ異なる多くの絵や人形を一齣(ヒトコマ)ずつ撮影し、映写した時に画像が連続して動いて見えるようにするもの。ビデオ−レコーダーによるものやコンピューター−グラフィックスを応用するものもある。アニメ。動画。

animation _n. 元気づけ, 励まし; 生気, 活気, 活発; 動画映画, アニメーション; 動画 (animated cartoon); アニメーション[動画]の製作.

 「アニメ」というのは日本式の略しかたで、当然ながら英語では通じない。そもそもanimation movieという言葉自体もあまり一般的ではないのだ。上記の定義のように、間違ってはいないのだが、普通はいわゆるアニメ映画やテレビ番組は ”cartoon” という。親しみを込めて略す場合は、語の前半ではなく後半を用いてtoonと呼んだりする。ディズニーランドのToon townというのはこれだ。

 しかし、”anime”で全く通じないかというとこれがそうでもない。日本のアニメというのは海外でも確立した人気を誇っているので、日本製のcartoon のことをとくに「anime」と呼んだりしているのだ。とりわけ「anime」がその地位を確立しているのが、ロリコンがかなり入ったエッチアニメの世界らしいのである。 性的嗜好はまったくもって人それぞれに微妙な(あるいは多大な)違いがある。それらの嗜好のかゆいところに手が届くように、細かい「ジャンルわけ」をして見るものをそれぞれ満足できる世界に誘うのが性産業の本領であり、インターネットの世界ももちろん例外ではない。洋の東西を問わず、ポルノサイトのほとんどはあるジャンルに特化したり、あるいは様々なジャンルへの入り口を提示している。 そしてもちろん、時に問題視されたりもするが、生身の人間よりアニメや漫画の人物にそそられる人々も歴然と存在するのだ。「生身の」性器や性行為の無修正の写真をこれでもかこれでもかと見せられ(いや好きこのんで見ているのだが)ると、けっこうげんなりしてきて、「アニメでないとそそられない」人の気持ちは分かる気もするものである。そのジャンルでは、おもに、顔立ちはとても可愛らしいが体はボンドガール(古いか)もたじたじのボンキュッボン、という少女たちが恥ずかしさに顔を赤らめ、泣きそうな表情をしてあられもないかっこうで身もだえているのだ。たしかに、現実にはいそうでいないタイプである。

  さて、このポルノアニメというジャンルには、animeよりももっとこの世界で一般的になってしまっているらしい驚くべき名称がつけられている。 HENTAI、というのだ・・! 「エッチ」という語がそもそもなぜ使われるようになったのか、常識だと思っていたら案外知らない人もいるらしいので、余計なことかもしれないが言っておけば、この「変態HENTAI」の頭文字なのである。初期に日本の「エッチアニメ」を取り入れた人が妙に律儀だったらしく、略語をちゃんとオリジナルに展開して使用した模様である。売り文句には「JAPANESE KAWAII HENTAI」とあったりする。可愛い変態、である。やれやれ。

エイリアン(Ailen)
(1)外国人。異国人。 (2)SFで、宇宙人。異星人。  (大辞林より)
【1】 (1)外国人,異邦人(foreigner); 他の人種[民族,社会集団,土地]の人,よそ者.‰}STRANGER【類語】 (2)(公民権を得ていない)居留[在留]外国人?}citizen と区別する: residential aliens 在留外国人 illegal aliens 不法在留外国人.

【2】のけ者,門外漢;ある特権から締め出された人: aliens from God's mercies 神の恵みから見放された者.
【3】(SF で)宇宙人,異星人,エーリアン(extraterrestrial).
【4】《言語》同化されずに原語らしさを保存している借用語.
【5】《生態》仮住帰化植物.   (ランダムハウス英語辞典より)


エイリアンといえば,日本ではあの映画が思い出され,「得体の知れない宇宙人」という語感しかないと思う。が,本来この語はまずは「外国人」という意味でもあった。 近頃はforeignerに改められたらしいが,かつて成田空港の出入国審査ゲートで,Japaneseの他はalienだった。それに気づいた日本人は「え?エイリアンってずいぶんじゃないの」と思ったことであろう。私もそのくちである。そういう人が多かったから最近になって(いつだかは知らないが)foreignerと改められたのだが,基本的にはどちらの言葉も,「そのカテゴリに属していない外部のもの」という意味を持っているのだ。

もう少し詳しくランダムハウスを見てみると,類義語として
foreigner 言葉,習慣,国籍の違う異邦人
alien 外国の国籍や市民権を有する人を指す公用語. 外国の国家に忠誠を誓っていることを強調
.
とある。最後の文はともあれ,エイリアンは「公用語」であるから,成田空港の表示は別段おかしいわけではなかったのである。 (ちなみに,もうひとつの類義語にはstranger 異なった地域や集団からやって来た人のことで,言葉や習慣になじみが薄いことを強調,というのがある。もちろんstrange「(奇)妙な」という語から来ているのだろう)

ただ,英語圏の人間にもエイリアンはやっぱり妙に響いているらしくもある。ネットで探していたら,国籍は不明ながら英語圏の人間であるらしい人が韓国を訪れたときの印象を述べている文があった。以下引用。
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日本の空港の入国審査フロアで、外国人旅客が並ぶ位置を指し示す表示は[Alien]でした。これは、英語圏の我々にとっては、“宇宙人”という意味の言葉なんです(笑)。現在、成田空港での表示には[Foreigner]という語が使われています。これは“異邦人”というニュアンスを含んだ語。日本人が、外国人をどのように捉えているかが、サイン表示に用いられている単語一つを取ってもみても、よくわかりますよね。 で、仁川空港ではどのような表示されていたか?…「Korean/Non-Korean」と書かれていました。言葉のニュアンスについても、よく勉強していて、外国人旅客に配慮しているなぁ、と、しみじみ感心したわけです。
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ほう,そうなのか。やっぱり英語圏の人間にとってもエイリアン=宇宙人なのか。私は,エイリアンという映画のタイトルは,地球にとっての「よそ者」を意味するつもりで,いささかヒネって付けたタイトルなのではないかと思っていたのだが,さすれば,あの映画のタイトルはそのものズバリ「宇宙人」だったのだろうか,とすればあまりにベタであるなあ。

この「英語圏の我々」である御仁が実際どこの国籍の人なのかは分からないが,ここまで読めば,そうか,日本語でもつい「ガイジン」なる言葉を使うし,日本人はやはり基本的に排他的なところがあるのだろうなあ,と月並みな感想を言いたくもなる(実際そうでもあるのだろうが)。しかし私はもうひとつ発見してしまった,アメリカで外国人に対して,国籍はそのままで永住権を 与える,いわゆる「グリーン・カード」の正式名称は,alien registration cardというのである。上記の類義語の定義で言えば当然であるが,こどもっぽい感想を言えば「お互い様じゃん」。 以上は私が頭の中で,あるいはネットで得た情報を元にして書いていることである。こんど実際に同僚のアメリカ人に,alienはどのような語感で捉えられるのか聞いてみようかと思っている。細かい語感のニュアンスばかりは,それこそその国やその文化に属していないエイリアンでは分からないのである。

後から追加: 最後の行にエイリアンという言葉を使って「決まったぜ」といささか悦に入っていたが(^_^;),よく読み返してみると,類義語の定義によれば,エイリアンは単に「外国の国籍や市民権を有する人」であって,その国の文化(言葉・習慣)に属していない人はむしろforeignerということになる。そう考えると,イミグレーションの表示はエイリアンよりフォーリナーのほうが本質的によそよそしかったりするわけではないのか? まあ言葉のニュアンスも長い年月のうちには変化するから,英語圏の人たちにとっても,もともとのものとはいまや違うニュアンスで使われている可能性もあるけれど(韓国のようにnon-Koreanなどとするほうがたしかにより的確とは思う)。