英語のヒミツ                          by Leila

海外経験も度胸もない”平均的日本人”が英語をしゃべれるようになるために

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1 前書き
2 まずは「発音」が大基本!!
3 なぜ聞き取れないか
4 とりあえず母音は気にしなくていい
5 子音その1 {th]
6 子音その2 [r]と[l]
7 子音その3 [t]と[d]
8 子音その4 [v][f][b[[p]
9 子音その5 [s][sh]
10 モチベーションを維持するために
11 達成感を得るコツ
12 音読の効用
13 英語の俳句の話
14 子音同士がくっついた発音(1) T+R
15 子音同士がくっついた発音(2) その他+R
16 子音同士がくっついた発音(3) +L
17 ストレスの話
18 音の長短(リズム)が最重要!!
19 具体的なリズムのコツ
20 単語同士がくっつくとき
 
 
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→文法篇へGO!
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最新の記事はブログにて 質問等も受け付けています。
 

◆音読は効用あり!

 ここのところ、私は「しまった…」と思っている。  
最近は、本屋の英会話コーナーに行けば「音読で英語をマスターする」という内容の本が山積みだ。 英語に限らず、日本語でも「声に出して読みたい日本語」などという本がベストセラーになり、その著者の齋藤孝先生はその後もひっぱりだこで山ほど本を出し、どれもずいぶん売れているようである。

「しまった…」というのは、「音読がイイ!」というのは、私自身も大昔から主張していたことだったから。今のように音読がクローズアップされない頃から、なにかといえば生徒さんたちにも「とにかく声に出して読みなさい」と言っていたのだぞ。ううむ、それをもっと本気で、あのころにたとえばこういう文章を書き始めていれば、あるいは、ベストセラーになっていまごろは印税生活で左うちわ…。
…なんてことはまあ、ないと思うが、音読が話題になるずっと前から私はその効用をずっと信じていたので、「ほーらね!」という気分でもある。  

音読でなくとも、音声練習を伴わない英会話学習なんてものはありえない。というより、音声学習がメインで当然なのである。今は多少は違ってきているようだが、私が中学や高校の頃は、学校の英語といえば、そりゃ読まされたりはするものの、音声学習がメインとはとても言えない状態だった。もっとも、会話ができるようにという意図ではそもそも計画されていなかったのだろう。大学などで英語の文献が読めるように、という目的だったと思えばそれも仕方がない部分はある。が、そんなものは大多数の人には役にたちはしないのだ。 音声練習のない英語学習なんてものは、車の免許を取るのに、交通法規だけを教えて、いきなり路上に出されるようなものである。

◆ 思い切り余談ですが。アメリカで運転免許を取る。

 ここで英語と関係ないおもいっきりの余談(つい思い出してしまったもんで…)。
実は私は車の免許を持っていない。 だが1度アメリカに長期の一人旅に行ったとき、車社会のアメリカで免許がないのはつまらないと思い、またアメリカでは免許を取るのが楽だと聞いて、挑戦してみることにした。 これがまた、まさに「交通法規だけ教えて、いきなり路上」だったのである!

10ドルだすと、まずペーパーテストを受ける。カリフォルニアなどでは日本語でもテストが受けられるらしい。 このテストは非常に簡単で、よほど非常識な人でない限りは受かる。 で、これに受かるといきなり仮免である。ということは、免許を持った人が同乗していれば、公道を運転できるのである。 基本的にアメリカには日本のような形の、練習用のコースを備えている自動車教習所がない。 電話帳で調べると、ドライビングスクールはあるが、それはインストラクターが出張してくる形で、インストラクター同乗で公道で運転の練習をするのである!  私はYWCAの安宿に泊まって、近所のドライビングスクールを探して電話した。車はあるか?と聞かれたので、ないと答えると、じゃあこちらの車を持っていく、とのことだった。

 約束時間にインストラクターが迎えに来て、駐車場に止めてある教習車に案内してくれる。で、運転席に乗せられると、いきなり
じゃ、エンジンかけて、ここから出して」
と来た。私はびっくり仰天。私は車の運転席に座ること自体生まれて初めてで、エンジンのかけ方も知らないのだった。 途方に暮れていると、とりあえずエンジンのかけ方は教えてくれて、駐車場から出すまではインストラクターがやってくれた。 あまり事情も知らずに「ドライビングスクールに電話すればなんとかなるだろう」と思っていた私がいけなかったのだが、ようするにアメリカでは、友人や家族がまだ免許を持っていない若い人に運転の仕方を教えてくれて、あまり車通りの激しくない住宅地や、校庭などで勝手に練習するのが普通なのである。 ドライビングスクールはあくまでその補助的な役割なのだ。

その後も、2日目(1日目には1時間程度しか乗っていない)にはもう
じゃ、高速に乗るから」
「ひええええ。まじっすか」  
高速に合流する測道に乗ったものの、怖くてアクセルを踏み込めずにトロトロ走っていたら
「流れに乗らなきゃあぶない!」  
と、横からインストラクターが手を伸ばしてアクセルをググッと押し込んでスピー ドを上げてしまった。
「ひょええええええええ」  
そんなこんなで、5日間ぐらい練習し、実技テストを受ける。 が、見事に落ちてしまった。ライセンス事務所の敷地から出るのに、右見て、左見て、右見て、そして最後に左を見るのを怠ったら左から車が来ていた。 敷地から出ることもできないまま落第。 ちなみに、はじめに払った10ドルで実技テストが3回まで受けられる。 仕方なく、ロスに住んでいた父親の古い友人を頼って、週末に車を借り、そこのお嬢さんにつきあってもらって練習。  週明けにもういちど実技テストに挑戦したがまた落ちる。ブレーキとアクセルを踏み間違えて歩道に乗り上げてしまった 。その翌日にどうにかパスしたが、我ながらとてもじゃないが自分の腕を信用できない。 できるわけがない。 

というわけで 、免許は一応とったものの、2ヶ月の旅行中一度も使わなかった…。  

ちなみに、州によっても違うようだが、免許を取ってから数ヶ月から半年ぐらい滞在すれば国際免許が取れて、日本でも運転できることになるらしい。だから留学生な どでアメリカで免許を取る人は多いようだが、道の広いアメリカでは通用しても日本ではどうだかなあ…。

…って…うっわあ、脱線しすぎ…。 ま、元に戻せば、音声(つまり技術)訓練のない英会話なんてのは、ろくに運転実技の練習もないまま高速道路に乗せられるようなものなのだってことである。

もちろん実技訓練は、実際にネイティブと話すのが一番ではあるが、そういう機会が日常的にある人は別として、そうでない大多数の人にとっては、そうでない練習法が必要となる。 今度はスポーツに例えてみれば、試合に出て上手くやるには練習試合が必要だが、練習試合のできないときは基礎トレーニングにいそしむ、ってことだ。

◆ひたすら教科書を読み上げてた中高生時代

さて、このシリーズの冒頭に書いたように、私は「ガイジンだ〜、だ、だれかぁぁ」という状態から、幸運にも3年もたたないうちに英会話を教える方に回ったのだが、何度も言うように、無理をして頑張ったわけでは全然ない。いや、もちろんそれなりの努力はしたし、その3年の間は英語をマスターすることを生活の中心に置いてはいたのだが。

しかし、それ以前に、ちょっとしたアドバンテージのようなものは持っていた。 学校での英語の成績は悪くなかったのである。  そして、それは多くを「音読」に依っていた、と今更ながらに思う。  なぜか私は、テキストを「読み上げる」のが妙に好きだった。 中学や高校で、テストのための自宅勉強といえば、ひたすら何度も教科書を繰り返し「読み上げる」のが中心だった。 暗記しようと頑張っていたというわけでもない。 だが、なんだか「つっかえずに読み上げる」ことに固執していたのである。テープレコーダを持ち出してきて、読み上げる自分の声を録音する。 今から思い出すと、だからといって録音したものを聞き返した覚えはあまりない。 ただ、とにかく録音して、途中で間違えると悔しくて、最初からやりなおし!というわけで、ものすごくしつこく何度もやった覚えがある。 ちょっと偏執狂っぽい。  今でこそ音声教材は簡単に手にはいるが、当時、なかったわけではないにしてもそう安くはなく、ましてや、今考えればおかしなことだが、教科書準拠の音声教材は普通の生徒には手に入りにくいものだった。 だから、私の「読み上げ」も厳密に言えば、今でいう「音読」法の、ネイティブの発音やイントネーションをできるだけ真似る、という方法ではできなかった。 だが一度は授業でやって意味を理解している英文である。 おそらく、文の区切り方などは割に正しく読めていたと思う。 そしてまさに、「正しく区切って読む」ことこそが、学習に絶大なる効果を持っていたのである。 暗記しようと頑張らなくても、熟語などは自然に頭に入ってくるようになったし、文の構造もスムーズに把 握できるようになったと思う。  

それが英会話に活かされるには、もうワンステップ必要だったわけではあるが、この(自己流とはいえ)音読体験が、私の基礎体力になっていたことは間違いない。 またしてもスポーツに例えてみれば、素振り(テニスでも野球でも)をしつこく練習していたようなものだ。 試合体験がないのでまだ上手く統合的な動きが出来ないが、この素振り練習が、その後「練習試合」を始めたときにものすごく活きたのだと感じる。 だからこそ、今教えている生徒さんたちにも、ぜひ、基礎体力作り、そして素振りの練習にあたるトレーニングを試みて欲しい、と真剣に思っているのだ。  

◆輝く星を追いかけて(?)

さて、前号で述べたように、モチベーションを維持することこそが成功の秘訣だと思うのだが、私はとにかく、英会話をなんとかしようと思ったときに、真剣にこれを考えた。  そこでやったことのひとつは、「大目標の具体化」である。  10年で通訳ガイド試験に受かろう、と私は思った。 今は“ガイジンだああ”のレベルであっても、10年みればどうにかなるだろう。 通訳ガイドにものすごくなりたかったわけではないが、定年やら年齢制限やらのない職種だから10年たってもなれる可能性がある。 それにとにかく、通訳ガイドは現時点で日本の公式の語学検定(国家資格である)としては 一番高度なものらしい。  ものすごく計画性があるわけではない私としては、それ以上のことは考えなかった。 たとえば、それをするためには2年目で英検○級に受かって、その後○級を受けて、なんてことも考えなかったし、別に通訳ガイドの学校に行きもしなかった。 その目標は、いわば私のガイディングスター(案内星)であり、とにもかくにもそっちの方向に向かって歩けばいいや、というくらいの位置づけだったのである。 

具体化といってもそんなものだ。だが、漠然と「英語話せたらいいなあ〜」というのよりははるかに具体的だと思う。 目標を具体的にすると、「努力」の焦点が合う感じがして、やっていて手応えがあるのだ。  結果として私は9年目にその目標を達成することができたのだが、むしろそういうイージーゴーイングな感じが勝因だったと今も思っている、がそれについてはまた別の項目で書くかもしれない。 ただ、私はその目標に至る道でさっさと英会話講師の仕事も始めているので、それを差し引いて考えると、やはり普通には、大目標に至る道に小さめの中目標を置く必要はあるのかも、と思う。 単純に考えれば英検やTOEICのテストが簡単に設定できる目標だとは思うが、それは人によって様々でありうる。  

もうひとつは、前号の終わりにも書いたように、「毎日、短い英会話を聞いて、覚える(といっても短期記憶で十分)」ということである。 これには、NHKのラジオ英会話の番組を利用した。 それ以前にもNHKのラジオ講座には何度もチャレンジしたが、ご多分に漏れず挫折している。 家には4月号(たまに5月号も)のテキストだけが山積という有様。 

だが、 一念発起した私は違った。 何度も言うようだが、「どうやったら毎日続けることができるか」ということをまず真剣に考えたのである。 その結果、ただ受け身で聞くのではなく、課題性を持たせることがいいのでは、という結論になった。 具体的には単純なことで、テキストをいきなり見ない、ということだ。  番組ではまず、その週のスキット(寸劇)が全部流れる。 その後、その日の割り当て分が取り上げられて再度流された後、日本語で解説される。 いわば、そのまま聞いていればすぐに「答え合わせ」がされるということになる。そこで「ほーらね」にしても「あ、そうか!」にしても、それなりの快感が得られた。 それをしばらく続けていたら、だんだんと、最初に聞いただけで分かる範囲が広くなっていくのが分かり、「進歩してる!」快感が得られるようになってきた。  そのうちに、その日の基本例文、としてとりあげられる2つの英文を覚えて、あとになって思い出してみて、ちゃんと覚えているかをテキストを見て確認するという作業を加えた。 覚えていれば「ほーらね」であり、少し忘れていても「あ、そうだった!」である。 さらに経つと、基本例文だけではなくスキットのその日の割り当て分全部を覚えることもできるようになっ ていった。 覚えるといっても、その日の朝に聞いたものを夜に再現できるか、という程度のもので、翌日にはすっかり忘れていても気にしない。  

こう書くと、いかにも私が熱心に勉強したようではあるが、実際のところ、「ただ聞き流す」という受け身で容易な方法よ りも、ちょっとした課題があるほうがはるかにモチベーションは持続することがその体験から分かった。 初めのうちこそ、多少は自らをむち打って頑張るような要素も必要かもしれないが、一度習慣になってしまえば後は楽である。 そして、そうこうしているうちに、始めたばかりの時より進歩していることを実感して、それ自体が楽しくなってくるのだ。  

再度言うが、習慣にすれば楽になる。 習慣にするためには、「短い時間」で「毎日」が基本である。その当時は会社つとめをしていたので、通勤の約1時間のうちの一部が私の勉強時間になった。 ラジオ番組自体はとんでもない早朝にやっていて私にとってはリアルタイムではとても聞けなかったが、自動でテープに録音されるようにセットしておいて、それをウォークマンで聞くようにしたのだ。  

ただ、あまり完全主義にしなかったのもある意味で「勝因」だったと思っている。 完璧主義の欠点は、ひとたび完璧でなくなると俄然やる気が落ちてしまうということである。「いや〜私は、完璧主義なんてそんなとても」と言う人だって、実は潜在的には完璧主義かもしれない、つまり「ちょっとつまづくと嫌になってしまう」という点において。そもそも完璧じゃないのにいっちょまえに完璧主義なのである。ま、言葉の使い方はともかく、要は「ちょっとぐらいコケても、そこで止めない」という意志を、始める前に確認するといいのだ。英会話習得はかなり長期戦になる可能性が高く、しかしそれをあらかじめ覚悟しておくとしないでは違ってくる。

私も、通勤途中で近くに住んでいる同僚とば ったり出会えば、そのままおしゃべりしながら会社まで行き、その日の勉強はキャンセルである。ものすごく眠くて仕方が ない日や、二日酔いで頭が痛い日も、あっさり挫折。

自動録音されるテープも、30分テープ1本しか用意しなかった。15分の番組なので、片面を使い切る。両面使える のだが、その日のうちに聞けなかった番組はもう無視した。2日続けて挫折したら、最初の面にはもうその翌日の番組 を上乗せしてしまう。絶対に「きょう聞けなかったから、そのうち聞こう」とばかりにテープをとっておいたりしないことにした。 これがかなり良かったのではないかと思っている、ヘンな話だが。聞けなかったテープをとっておいたりすると、それがたま ってきて、ストレスになる。前のを聞かなければ後のは聞いてはいけないような気がしてきたりもして、結局どんどん押せ 押せで、その日の番組も聞けなくなる。私は下手をすると完全主義的になりがちな性格でもあるので、それをあえて 押しとどめるように意識した。サボるときはサボる、でも次の機会には気を取り直して、機嫌良く、あらたな気分でまた 取り組もう。 そんなこんなで、いい具合に手を抜きつつ、そこそこは一生懸命に、私はその会社を辞めて通勤しなくなるまで3年間 、ラジオ英会話講座を聞き続け、かな〜〜〜りそれが功を奏したのであった。 (もちろん、それだけではなく、しっかり英会話学校にも行ったのだ、それについては後述する)

「やるときゃやるじゃん!」てな具合に自分に対して自信もついたのではあるが、その後、「そんじゃこれでスペイン語とか もスイスイと、ラジオ講座聞いて」と思って手を出すが、やっぱり4月号の山、になってしまってどうも上手くない。やっぱり 、具体的な目標とやらを設定していないせいかもしれない。ちょっとモチベーションが弱いんだよね。